2021年8月15日 礼拝説教 聖霊降臨節第13主日

説教 「しもべは聞いております」 説教 大澤秀夫

聖書 

旧約聖書 サムエル記上3章1-10節 (旧約p432)

1 少年サムエルはエリのもとで主に仕えていた。そのころ、主の言葉が臨むことは少なく、幻が示されることもまれであった。2 ある日、エリは自分の部屋で床に就いていた。彼は目がかすんできて、見えなくなっていた。3 まだ神のともし火は消えておらず、サムエルは神の箱が安置された主の神殿に寝ていた。4 主はサムエルを呼ばれた。サムエルは、「ここにいます」と答えて、5 エリのもとに走って行き、「お呼びになったので参りました」と言った。しかし、エリが、「わたしは呼んでいない。戻っておやすみ」と言ったので、サムエルは戻って寝た。

 6 主は再びサムエルを呼ばれた。サムエルは起きてエリのもとに行き、「お呼びになったので参りました」と言った。エリは、「わたしは呼んでいない。わが子よ、戻っておやすみ」と言った。7 サムエルはまだ主を知らなかったし、主の言葉はまだ彼に示されていなかった。8 主は三度サムエルを呼ばれた。サムエルは起きてエリのもとに行き、「お呼びになったので参りました」と言った。エリは、少年を呼ばれたのは主であると悟り、9 サムエルに言った。「戻って寝なさい。もしまた呼びかけられたら、『主よ、お話しください。僕は聞いております』と言いなさい。」サムエルは戻って元の場所に寝た。10 主は来てそこに立たれ、これまでと同じように、サムエルを呼ばれた。「サムエルよ。」サムエルは答えた。「どうぞお話しください。僕は聞いております。」

新約聖書(福音書)マタイによる福音書24章32~35節 (新約p48)

32 「いちじくの木から教えを学びなさい。枝が柔らかくなり、葉が伸びると、夏の近づいたことが分かる。33 それと同じように、あなたがたは、これらすべてのことを見たなら、人の子が戸口に近づいていると悟りなさい。34 はっきり言っておく。これらのことがみな起こるまでは、この時代は決して滅びない。35 天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない。」

1 サムエルとエリの物語

  • 有名なお話です。少年サムエルが跪いて祈っている聖画をご覧になった方もいるでしょう。神の呼びかけにサムエルは「はい!」と答えます。神の呼ぶ声に耳を澄まして、まっすぐに聴く、それが、人間の在り方について聖書が教えることです。それは、アブラハムから旧約の預言者、福音書の弟子たち、使徒の召命において一貫しています。
  • しかし、今朝、私たちは、祭司エリが神とサムエルの間を仲立ちしていることに、特に目を止めたいと思います。サムエル記は実に周到な準備をして、1章からずっとそのことを描いています。
  • このことを通して、私たちは一つの「審判」と言いますか、怖ろしいことを見ると同時に、その審判さえも貫いて実現する神の「希望」を見ることになるのです。

2 まず、はじめに怖ろしいこと

  • ここで、エリとサムエルが対照的に描かれていることは明らかです。エリは「目がかすんできて、見えなくなっていた」(2節)。エリは「非常に年老いていた」(2章22節)。また、エリの息子たちはならず者です。神に逆らう息子たちは、父のいさめる声にも耳を貸そうとしませんでした(2章12,25節)
  • これに対してサムエルは「少年」(1節)であり、神のみ心により生まれ、主のもとで成長します(1章19-20節、2章21、26節)。
  • ここには、成長していく者と、年老いていく者の対比があります。しかも、それは身体的なことだけでなく、霊的な成長と、霊的な滅びの違いです。神の民イスラエルに審判が臨みます。息子たち、そして民の現実に対する祭司エリの絶望は深かったのです。「そのころ、主の言葉が臨むことは少なく、幻が示されることもまれであった」(3章1節)とある通り、まさにこの時代は、信仰の闇、夜の時代でした。

3 希望

  • しかし、闇の中にもなお一筋の希望が残されていました。「まだ神のともし火」は消えておらず、」一人の少年が、そこに眠っていたのです(3節)。
  • 夜、神に呼ばれたサムエルは、エリのもとに走っていきました。エリは「呼んでいない」と答えます。そして、三度目にエリは「呼んでいるのは神だ」と気づきます。
  • 年老いて目がかすみ、無力になったエリに、なお果たすべき務めが残されていました。無力と絶望をくぐりぬけたエリだからこそ、人間的な希望ではなく、神から来る可能性を見ることができたのかも知れません。エリはサムエルに「あなたに語りかけているのは神だ」と教えました。そこに年老いた者の使命があります。
  • エリに教えられたサムエルは、神に答えます。「どうぞ、お話しください。僕は聞いております」(10節)。自分の無力さに打ちひしがれた人間が最後にできる一つのことがあります。それは神から来る希望を指し示すことです。「神さまが、あなたを必要としているよ」と告げることです。そのことを私たちは告げる者でありましょう。

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